ウェブと猫と東京で。

ソフトウェアエンジニア兼プロダクトマネージャーの備忘録

気がついたらあれから10年くらい経っていた

過去利用していたSNSアカウントの整理をしていたら、だいたい10年前くらいに少しだけ書いていたブログを見つけた。

fujineko.hatenablog.com

当時ITのことを教えてくれていた人から「とりあえずアウトプット大事だからブログ作りな」と言われて作ったけれど放置してしまっていた。

大学卒業して、就職もせずにフィリピンに渡ったのが大体10年前、その後日本に帰国して上京して原宿のWEB制作会社で働いていたのが8年前くらいかなと思う。

今ちょうど、ベトナムハノイの空港の国内線で乗り継ぎ待ちをしている。
10年経ってまた海外に戻ってきたなと思う。
約10年間何があったのか自分への備忘録も兼ねてまとめる。

大学卒業〜フィリピン時代

10~9年前くらいのはなし。
大学院受験をしたけれど失敗して、就職したくなくてフィリピンへ渡航した。
なんでフィリピン行ったのかと言われると覚えていることは次の2つ。

  • 就職したくないけどお金がないので物価が安い国にとりあえず行こう。
  • これからは英語とITを勉強しなきゃという謎の確信。

東南アジアで公用語が英語で、英語とITを学べる日系企業が増えていたのもあり、フィリピンへ。フィリピンはビザの延長がしやすいのもありがたかった。

最初は語学学校で英語の勉強をしつつ、WEB制作のことを勉強したりしていた。
現地のIT系のイベントでご縁をいただき、日本のWEB制作会社のフィリピンセブ支社を立ち上げるタイミングで最初インターンからで拾ってもらった。

当時、所属していた会社で書いていたブログがまだ一部残っていたりする。
消えないでこの先も残っていてくれたら嬉しい。

liginc.co.jp

色々迷惑かけてしまったことが多いけれど、振り返ってみると最初のキャリアが海外からで良かったなと思う。

帰国して上京したてのころのはなし

9~8年前くらいのはなし。
フィリピンでそのまま働く選択肢もあったけれど、当時付き合っていた彼女が東京にいたのもあり上京。

最初帰国してからは、個人事業主として案件を受けたり、ファッション系のスタートアップのサービスの立ち上げの手伝いをしたりしていた。
とはいえ金銭的に厳しかったのものあり、就職活動をWantedlyとかでしていた。

当時の私の状況は外からみると下記みたいな感じだったと思う。

  • 第二新卒くらいで就職経験なし。
  • なんかフィリピン行ってたらしいから英語は話せるらしい。
  • WEBフロントエンドは多少なんか経験ありそう。
  • WEB制作は多少なんかわかりそう。

当時のWEBフロントエンドは、jQueryまだ全盛期、SPAを作るにしてもRiot.jsとかAngularJSがようやく出始めたような頃だったと思う。CSSもscopedCSSなんてない頃なので、OOCSS/SMACSS/BEMとかのCSS構成案とかを駆使して設計ドキュメントとか書いていたような頃。
GrantとかGulpとかのタスクランナーとか使ってゴニョゴニョするのが私のWEBフロントエンド入りたてのころの状況だったとおぼえている。

なんやなんやあってWnatedly経由で当時原宿にあったWEB制作会社に拾ってもらった。
当時は社長と先輩エンジニアの2名の状態だったので私が社員番号2番だったと思う。

原宿のWEB制作会社で働き始めたころのはなし

8年前くらいのはなし。
拾ってもらったWEB制作会社でWEBフロントエンドやりつつ、たまにWEBディレクターやテクニカルディレクション的なことをやっていた。

やっていたことは

  • デザイン会社や広告代理店経由のWEB制作
  • 汎用CMSを使ったオウンドメディアや官公庁とかの情報サイトの設計・ディレクション・構築
  • 広告代理店が受託してやっているナショナルクライアントのWEBアプリのWEBフロントエンド開発、テクニカルディレクション
  • たまに案件が切れそうになるとSESで事業会社に出稼ぎ。

原宿、表参道のクリエイティブスタジオだったりデザイン会社といっしょに仕事をさせていただくことが多かったり、広告代理店と仕事させていただくことが多かった。
SESも「ぐるなび」とかで、チームのメンバーとして扱ってもらっていろいろな案件に関われた。
長時間労働は多かったけど、クリエイティブな現場に関われていたし、なんやかんやで会社のメンバーも増えていって楽しかったなと思う。

コロナ禍

もう4~5年前のはなし。
コロナってもうそんなに前....。

コロナ禍に入って、広告代理店経由の案件が激減。
結論からいうと、最終的に会社ごと汎用CMSを使って、WEB制作やシステム開発をしている上場企業にM&Aしていただくことなった。私はそのタイミングで現職の事業会社に転職した。

仕事とは別にコロナ禍に入ったタイミングで仕事がフルリモートに。
当時住んでいた東京のシェアハウスをすぐに出て、アドレスホッパー生活を始めました。
住所はずっと実家の岐阜県においている。

address.love

www.hafh.com

上記のようなサービスを使いつつ、南は沖縄から北は北海道まで、仕事しながらスーツケース1つで転々としていた。
アドレスホッパー生活の振り返りについては別途記事でも書きたいなと思う。
ちなみに現職への転職活動もフルリモートだったのでアドレスホッパー生活をしながらした。

フルリモート下でWEBフロントエンドエンジニアとして入社、最初はノーコードツールの機能開発などを中心にしていた。

その後スクラムマスター、エンジニアリングマネージャーと経て、現在はプロダクトマネージャーをしている。
フロントエンドエンジニアからエンジニアリングマネージャー時代の当時のことは下記ブログに書いている。

zenn.dev

zenn.dev

コロナ禍が終わって今

コロナ禍がほとんど終わった今どんな状況下というと、

  • プロダクトマネージャーをしているが、アウトプットをアウトカム(売上)に繋げる難しさを感じながらもがいている。
  • 直接コミュニケーションを重要視するために、結構な頻度で出社している(といいつつたまにはワーケーションしている)。
  • ベトナム拠点での活動が増えたので、ベトナムに行くようになった(今回の出張も2週間ほど)。

プロダクトマネージャー難しい、成果でなくて苦しい話はどこかで記事にまとめようと思う。
といいつつ、裁量を持って働けているのはとても楽しい。

既存機能の改善やAIのプロダクト開発なんかもしている。

AIについては下記記事に詳しく書いてある。

aws.amazon.com

これからどうするの

10年前を振り返ってみて、なんで日本で就職しなかったのかを思い出してみたら
当時ずっと思っていたことは下記2つ。

  • 絶対にスーツを着たくない。
  • 会いたい人にいつでも会いに行けるように自分の裁量でどこでも働けるようになりたい。

1つ目はありがたいことに、冠婚葬祭以外ではスーツを着なくても働けるようになった。
2つ目は、比較的どこでも自由に働けているけれどまだまだ自由じゃないなと感じている。

とはいえ、最近は自分が自由に生きたい働きたいという感情よりも、以下の感情が強いかもしれない。

  • シンプルに金を稼げるようになりたい。つまり、事業を通じてユーザに価値をしっかりと届けて喜んでもらって売上をしっかり立てることができるようになりたいし、その経験を積みたい。
  • 日本だけじゃなくて世界で働けるようになりたい。国際的に通用する人材になりたい。
  • その上で仕事だけで手一杯ではなくて自分の体調と健康も管理した上で持続可能な形で仕事できるようにしたい。

小学生の頃にWindows98のPCを貰って、ADSLでインターネットに繋いでチャットをしたりしていたのがインターネットに触れた原体験ではあるけれど、なんだかんだ10年間もIT業界で働いている。
普段から「僕はWEB標準が好きなんです。」とは言っているけれど、WEBを通じて世の中に出ていなかった情報がしっかりと出てくるのを支援すること、それができるようにすべての人がテクノロジーを活用できる社会にすること。
この点にはどういう形であれずっと関わっていきたいなと思っている。

そんなこんなで文章を書いていたらハノイからダナン行きのトランジットの時間が近づいてきたのでここまでにしようと思う。
今年はアウトプットの機会増やしていきたい。

 

おわり

 

ハノイ空港のカフェ

記事を書いているノイバイ国際空港の国内線にあるカフェ

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気がつけば2017年も一ヶ月が終わっていた件

みなさま、あけましておめでとうございます。(遅い。)
 
昨年11月頃にフィリピン・セブ島から日本に帰国してからあっという間に2016年が終わり、慌ただしく過ごしているうちに2017年も1ヶ月以上が経過していました。
 
ブログも書こう書こうと思っていてかけていなかったのですが、ほんの少しだけ生活に落ち着きも出てきているので書き殴りの文章からでも再開してみようと筆を取った次第です。
 
とりあえず、2015年から2017年の状況を整理するとこんな感じ。
 
・2015年4月頃:大学院入試に失敗して少々迷走し始める。大学は卒論を提出せずに留年を選択。フリーの仕事を細々としながら、自由に勉強したりして過ごしていました。
 
・2015年10月頃:色々あってフィリピン・セブ等へ。英語とIT勉強していました。結構真面目にやってました。
 
・2015年4月頃:オウンドメディアで有名な某上野のWEB製作会社のフィリピン支社で働き始めました。フロントエンドエンジニアとして働きつつ、オフショア開発手伝ったりしていました。
 
・2016年11月頃:なんやかんやで上京。東京でフリーランスしながら転職活動をしていました。
 
・現在:なんやかんやで明治神宮前あたりのweb製作会社で働いています。メインはフロントエンドエンジニアですが、プロジェクトマネージャーの仕事もやっています。(PM仕事は勉強させて貰ってばかりですが。)ついでに、ファッション系スタートアップのwebサービス開発も手伝いつつ、フリーの仕事もこなしつつ過ごしている感じです。
 
とりあえず東京で元気に過ごしています。
こうやって掘り下げてみると書けるネタはたくさんあるなーと思っている次第。
ぼちぼちやっていきます。

【日記】語学学校の課題でショートストーリーを書いた話。

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語学学校の課題で「自分でオリジナルのショートストーリを作って読み聞かせをすること。なお、物語には教訓が含まれていること。」みたいな課題があったので備忘録的に自分のスクリプトを乗せておきます。

 題材は「文明崩壊」について。まあ、正直内容は「イースター島における森林の過伐採と人口増加が引き起こした文明の崩壊」をパクっただけです。タイトルもジャレット・ダイアモンドの有名な著書そのままです。はい。すみません。

 ストーリーを作るとかいった課題は非常に苦手です。英語のライティングスキルもっと伸ばしたいなーと思う今日この頃です。

 一時期、英語の学習に割く割合を少し減らしていたのですが、もう少し増やしても良いかな、と少し思いました。あと、言い訳じゃないけれど、この課題ももう少し本腰入れて取り組んでもよかったかなー。。。と少し反省。

 以上、今日の日記でした。

title : collapse

Once upon a time a boy and his family lived in a small island. This boy is called Kota. He lived together with his mother, father and younger sister.There was also another boy who lived in that island. The boy is called Jun. He lived together with his mother , father and younger brother, too. They enjoyed themselves every day. Kota and Jun lived happily with each other. They were best friends yet.
 
As you know, that island is very small, but the biosphere was rich there. A good ecosystem existed. There were many trees and animals. That’s why , they don’t have difficulty in surviving.Kota and Jun hunted animals and eat them to survive. And also, they collected fruits and vegetables from their abundant ecosystem.They lived in a hunt-gather society.
 
One day , Jun suddenly said “let’s make a big statue in acknowledgment of the plants and animals which supported our lives.” They cut trees down and made a big statue. And them , they held a special event for the celebration.They hoped that they will continue to enjoy that great success. Their society had an advanced civilization since that event. They started to create the agriculture and practiced the burn agriculture.
 
They burned forest to produce agricultural products. In addition, they cut trees more and more to make statues. They searched for wealth. They enjoyed momentary happiness because they didn’t understand that the forest have limited resources.Forest’s resilience didn’t catch up their wood consumption.
 
The amount of trees decreased as time passed by. And they couldn’t get vegetables and fruits because the soil was deteriorating. Almost all creatures vanished from that island at the same time because of environmental problem wit was due to Kota and Jun’s over usage of the resources.
 
They suffered from hunger. Unfortunately they were fighting with each other for the limited resources in order to survive.
 
Finally, the civilization collapsed.
 
Moral lesson of my story is that we should consider the use of our resources wisely in order to avoid the collapse of good civilization.

My first impression of CEBU island.

語学学校の課題で「セブの第一印象」をスピーチしろ。っていうのがあったのでメモ書き程度に残しておきます。数ヶ月後に見返したら「こいつ、酷い英文書いてるな」とか思えるようになっていたいものです。

 

Speech Draft

My first impression of CEBU is its weather is hot and humid Seasons , and some other cities are very progressive , not the country side. And many people have are cheerful and very kind. I never thought I can live here for six month before I came here.

When I got off the plane , I have almost said that “It’s very hot and humid here!” I felt strongly that the weather is completely different from Japan now. In Japan , this time is autumn.

I know Philippines is in the tropical zone by reading a book , or some articles in the Internet. But I have not experienced it in my past. Even this is my second time to visit philippines but I feel “It’s my first time."

After getting of the plane , I could see many things things through out of the taxi’s window when I was on my way to our apartment. At first , I thought “Wow!! this is CEBU island!! I think beaches and seas here are beautiful……umm……wait,wait,wait……where is the beautiful beaches??”

Of course , I have seen a lot of sea but this is not a beach , just a port. I was informed lately about the beaches in Mactan Island. CEBU Island is more urbanized than I thought. There are big shopping malls and many clean restaurant and commercial building. I realized that Philippines economy is growing up every day and every time.

On the other hand , I could see slums , beggar and street children. Moreover I heard that there are crimes in this city. I think the number of crime in this city is more than Japan.

Some economist usually say that Philippines is a developing country in contrast with developed country like Japan.I could see many aspect of CEBU in the early stage. Of course , there were many good and bad aspects. I experienced culture shock at first.

Finally , I want to say that “ I like here.” Because I like Philippines people. I noticed there are many kind and cheerful people here. I want to talk to them and make strong Friendship.

I want to study hard in one-to-one English for six month. And improve my English skill here strongly.

That is all. 

Thanks for listening and Thank you very much.

シェアメイトの誕生日に思うこと。

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私、現在セブ島のとあるシェアハウスで生活しています。ちょうどシェアメイトの1人が二十歳の誕生日を迎えたということで、誕生日パーティーを開きました。突発的に準備を始めたけれど結構な人数も集まって楽しかったです。

 タイトルに「シェアメイトの誕生日に思うこと。」とか書いてますが、そんな思索的な記事が書けた訳でも無いです。あしからず。

 

俺、二十歳のとき何してたっけ

まあ、誕生日パーティーなので「めでたいなー(^ ^)」とか思いながらも、何故だか「俺二十歳になった時何してたっけ」とか考えていました。結局、友達と焼肉食ってバカしてたこと位しか思い出せなかった訳ですが。

 そんな二十歳の自分と比較すると、シェアメイトの子はすげーしっかりしてるな、とか思う訳です。それを見ながら、俺も頑張らなきゃあかんな、と。特に二十歳過ぎてからの時間の流れが速いので毎日を大切にしていきたいな、と改めて思った次第です。

セブ島の銭湯「KAGURA」に行ってみた。

セブ島に日本式の銭湯があると聞いたので友人と行ってみました。初めて行ったため、写真などはガッツリ撮影できず。しっかりしたレポートは後日行おうと思います。私が住んでいるシェアハウスからはタクシーで10分位の所だったので通おうか迷っています。

 

健康ランドスパ併設「CEBU KAGURA-神楽-

 実はこちらの施設、銭湯がメインという訳ではなく、日本食レストラン(というよりも居酒屋という雰囲気の方が近い)に併設された施設となっています。風呂に入ってからレストランで食事するという流れの人が多いそう。

銭湯の料金は2015年10月11日時点で250ペソ(だいたい650円位)、そこまで安い訳ではありませんが、セブ島で湯船に浸かれると考えれば個人的には許容範囲内です。ちなみに、レストランで食事をすれば50ペソ引きになるとか。

 

3つの湯船とサウナ

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湯船は3種類。左から暖かいお風呂、ヌルいお風呂、冷たいお風呂になっています。写真は取れなかったのですが、(クソ暑い)サウナが併設されているので冷たい湯船に疲れるのは嬉しいです。

 セブ島にはKAGURA以外にも銭湯があるという話なのですが、ここは「水が冷たくて気持ち良い」とかいう話を聞きました。本当かどうかは比較していないので知りません。そのうち、他の銭湯にも行ってみる予定です。

 

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ロッカーは南京錠で施錠可能です。中にはバスタオルやボディーソープ、歯ブラシなどのアメニティが入っていました。シャンプーも確か洗面台に置いてあったはずです。(私は自分の物を持っていったので記憶が定かではありません。)

 

ちなみに、男風呂しかありません。

ちなみにこの銭湯、男風呂しか無いのが注意点です。たまに、フィリピン人女性が普通にシャワーを浴びているとか、浴びていないとか、そんな噂もありましたが私が行ったときには特に何も起きませんでした。

 ちゃんとしたレポートはそのうち出来ればと思っています。

それと、他の銭湯にも行ってみようかなー。